「大長寺」江戸時代の面影を今に残す福岡天神地区の素敵なお寺。

天神や大名といった福岡市中心部の繁華街は、城下町の中でも城に近く武家屋敷が立ち並んでいたんです。

「大長寺」天神に隣接するレトロな街並みが残る舞鶴のお寺。

地下鉄天神の駅から北へ、大きな通り昭和通りを渡ると北天神と言われる地区に出るのですが、そこから少し西へ歩くと舞鶴というレトロな街並みが残る地域に出ます。お寺など福岡の歴史探訪みたいな街歩きをしようとおもうと、博多を思い浮かべる人が多いようですが、実は天神だって負けないくらい素敵な場所があるのです。

今回紹介する大長寺もその一つで、天神の繁華街から少し外れた静かでレトロな街並みの中に建つ素敵なお寺なのです。

大長寺1

重厚な山門と両側に美しい博多塀、舞鶴1丁目に建つ「大長寺」かつては東職人町と呼ばれた場所。江戸時代、寺の裏はすぐ海になっていて、天神に残る安国寺や少林寺と同じく海岸に建つ寺でした。現在は昭和通りから一本北側にある狭い通りに面して建っていて、親不孝通りから真っ直ぐ西へ行ったところ。この通りは江戸時代の城下町図にも残る道で、かなり古い通りだとおもわれます。そんな場所に建つ大長寺は黒田官兵衛の父「美濃守職隆(もとたか)」の位牌及び書画があることでも有名なお寺。

大長寺2

寺の前に案内板が設置されています。

もともと黒田職隆の位牌は、官兵衛の弟の黒田修理利則(としのり)が那珂郡一の瀬村に建てた寺心光院西岸寺に安置されていました。やがて黒田利則が亡くなり寺を福岡城下に移そうということになったのですが、ちょうどその時に大長寺の寺住文室(もんしつ)が亡くなって、その跡継ぎもいなかったことから西岸寺の僧を大長寺に移住させ、職隆の書画位牌も一緒に移し、元和3(1617)年の職隆の三十三回忌にあたる時に、大長寺の山号を「福生山」より「心光山」に改めたそうです。

という事で、もともとの大長寺の記録は探しても出てきませんでした。

大長寺3

門の脇に建つ弘覚大師の霊場と彫られた碑。弘覚大師とは平安末期から鎌倉時代初期の僧、浄土宗の開祖で「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを説いた。

法然上人は1711年の500回忌から大師号を50年ごとに天皇から贈られていて、他にも円光大師・東漸大師・慧成大師・慈教大師・明照大師・和順大師・法爾大師の大師号を持つ。石碑に書かれた弘覚大師は1811年に加えられたもの。最後の法爾大師は平成23年だから、2011年に今上天皇「明仁天皇」より贈られた大師号。すごいでしょ、今でも続いてるんです。

天皇家というのはこういった日本古来の伝統や行事を千年以上前から現在まで受け継ぎ実行し、次代へと繋いでいく祭司、大神官みたいな役割を果たしているんですよね。天皇は王という権力者ではなく、2千年以上続く「日本の歴史」の記録者なのです。

大長寺4

山門をくぐると都市のど真ん中なのに、まるで時間が止まったような、静かに歴史を伝える境内。

正面に本堂、左に観音堂、観音堂の横に窟観音、その奥にも建物が見えます。この配置は江戸時代からほとんど変わっていません。

大長寺図

「筑前名所図会」の挿し絵

筑前名所図解は奥村玉蘭(1761-1828)によって1821年に完成した書物。そこに大長寺を描いた絵がありました。門の左手に観音堂、その横の窟観音は全く同じ配置。本堂も今と同じ場所にあります。

大長寺5

まずは左手の観音堂。

大長寺6

綺麗に手入れされた観音堂、中には千手観音像が安置されていました。なにか文字が書かれた額があるのですが…草書体で書かれているようで、学のない安川では読めませんでした。

大長寺7

その隣に窟観音、供養塔、地蔵菩薩、祠があります。この窟観音も、江戸時代の絵とほぼ同じ位置。

大長寺8

斜め方向から見た本堂、かなり古い建物に見えます。ドシッした安定感、見ていると心が落ち着いて行くような、癒しの効果がありますね。

大長寺9

大長寺の山号「心光山」と書かれた額。

大長寺10

一番上のガラスが透明だったので、本堂の中を覗いてみました。

大長寺11

本堂前から山門をみると、正面はもう高層ビル。ほんと街なかにあるお寺、とても綺麗に整備されていて憩いの場所に最適。

大長寺12

少し離れて本堂を再び見たときに「おやっ?」と思ったのがこの家紋。

本堂屋根の紋は竜胆車(りんどうくるま)ですね。何がおかしいかというと、この寺は黒田家ゆかりの寺として紹介されているのに、源氏の紋が入ってるからなんです。

福岡藩黒田家は藤の紋を家紋として使っています、確か藤巴ですよね。藤紋は藤原氏族の紋なので、源氏の竜胆がなぜこの寺に?と思ったんですよ。で、パパっとこの記事を書きながらwikiを見てみると、福岡藩の黒田家は佐々木氏(京極家)の分家筋の出だと書かれていました。佐々木氏は源氏ですから、なるほど竜胆紋は納得。ではなぜ源氏が藤原氏の紋を使っているのか。

もう少し読み進めてみると、黒田長政は藤原氏を本姓としていたようで

また黒田長政が日光東照宮に寄進した石の鳥居には、「黒田筑前守藤原長政」と名前が掘り込まれていることから、長政が本姓を藤原氏としていたことが分かり、家紋が藤原氏の使用する藤の紋を取り入れた黒田藤巴紋であることも整合性がとれる。

wikipediaより

と書かれているんですね。源氏という説は、残されている資料からも無理があるとも書かれています。ではなぜこの寺に源氏の紋があるのでしょう。ネットでは調べるのに限界がありそうですね、大長寺に関する情報が少なすぎて、ここから先は安川では分かりません。

大長寺13

脱線した話を戻して、大長寺の散策を再開。ちょうど本堂の横に新しくお堂が建てられ、いわくありげな岩などが安置されています。

これを見ろ!とばかりに建てられていた案内板。読んでみると、播磨の国(現在の兵庫県姫路)にあった黒田職隆の墓所から出土した珪化木がここにあるそうです。

大長寺15

こちらがその古木の根、珪化木、いわゆる木の化石。よく見ると木目や年輪がしっかり残っています。直径は約70センチと、かなり大きなものです。

大長寺16

隣にお墓があったのですが、誰の墓なのか説明はありませんでした。

こちらは子安観音像。安産と乳幼児の無事を守ると言われている観音様です。

大長寺19

お堂を一通り見学して、ふと本堂の石積みをみてみると文字が彫られていました。これは何の石でしょうね。

大長寺18

さらに奥へと進んでいくと納骨堂と、このような建物がありました。その奥は駐車場です。

大長寺20

駐車場をずっと奥まで抜けていくと、コインパーキングでした。

大長寺21

駐車料金はコチラ。駐車場を抜けた場所は江戸時代の海岸線。今ではすっかり海が遠くなりましたけどね。

ということで、大長寺。街なかにありながら、静かで落ち着いた純和風のお寺。街なかの寺って近代化していて、ビルになってるところもありますからね。こういうお寺は本当に貴重です、これからも変わらぬ姿であり続けてほしいと心から願わずにはいられません。この近辺に車で来るときは、大長寺の駐車場に止める事にしよう。



「大長寺」
住所:福岡市中央区舞鶴1丁目3-9

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