繁華街の片隅に残る戦後の面影を色濃く残す、鉄筋コンクリート製のビル。どんなビルなのか見に行ってきました。
「店屋町ビル(アパート)」福岡市に現存する最古の鉄筋コンクリートアパート
福岡市内に現存する中で、最も古い鉄筋コンクリート造のアパートとされる店屋町ビル。なかなかネットで探しても出てこないのですが、何とか見つけることが出来ました。場所はちょうど冷泉公園のある「冷泉公園通り」を真っ直ぐ東に行った場所。歴史を感じさせる重厚なビルが、角にドーンと建っていました。
キタキター!これも文化財級ですよ、見てくださいこの存在感。古いですねぇ、ほんと古い。そしてこの武骨さがたまらなくかっこいい。
建築は昭和24年(1949年)戦後の博多ではずいぶん目立つ建物だったことでしょう。一階部分はテナントとして使用されていて、まだまだ現役のテナントビルです。
窓はアルミサッシになっていて、居住者もいる事から何度か改装はされている模様。
それでも完成時の面影をそのまま残し、さらに年月を重ねたコンクリートの色。
建物側面の窓は木枠。そして、このバルコニー?というか落下防止のカゴみたに鉄筋を組んである窓。今はアルミで作る事が多いけど、昔はこんな造り方してたんだ。結構すき間がおおきいきから、ヘタしたら落ちてしまいそうですね。
壁面には所々鉄筋が顔を出しています。それでも全く強度に問題はなさそう、重厚な造りです。
表面のコンクリートが剥げてスグ下に鉄筋が見えていますね。このあたりの厚みは今の基準とはだいぶ違うんでしょうね。
ビルの裏側には別の建物があったので全景は見えません、半分だけベランダなどを確認できます。
一階のテナントとテナントの間に、階段の入り口が全部で3カ所。階段の両側に部屋への扉が付いている、昭和期の団地でよく見かける構造になっています。
入口の一つから内部へ入ってみると、壁にビルの名称を表すプレートがありました。「店屋町ビル」が正式名称です。
電気メータが収められたボックス。完成当初はどんなだったんでしょう、分電盤にメーターを収めたような感じ。鉄枠メッチャレトロ、戦中・戦後のイメージにピッタリな色と質感。
すごい、手すりが木製です。当時は金属のほうが高価だったんでしょうけど、今は木製のほうが高級感がありますね。この木製手すりがレトロ感を一層ひきたてます。
扉もレトロでオシャレですよね。
階段を上って屋上に出てきました。
部屋の上には煙突のようなものが突き出ています。いったい何の煙突でしょう?台所の排煙?暖房?トイレ用?謎です。
屋上は結構な広さがありますね、洗い場のような場所もあるので洗濯したりものを干したりしたのでしょうか。
このビルが建った当時は洗濯機なんてないでしょうから、こういう屋上で洗濯をしていたのでしょう。住人たちの井戸端会議の場にもなっていたんじゃないでしょうか。
屋上から冷泉公園通りを見下ろしてみました。
こちらは建物の裏側、ベランダに何か造作物があります。物置でしょうか?ダクトがでてますね。
こちらは何もないベランダ。
この屋上への出入り口が迫力満点、歴史を感じます。屋上を一通り見学したので、下へと下りていきます。
外の踊り場のような場所に何か建てられていますね、ちょうどテナントの上部分です。
コチラは同じ階の別の階段から見たところ。広いベランダのようになっています。
このビルに関して、詳しい事はほとんどわかりません。ネットで探しても情報を見つけることが出来ませんでした。唯一分かった事は、昭和24年に建築され福岡市で現存する最古の鉄筋コンクリート造の集合住宅であるという事だけ。
この店屋町ビル、大博通から向かうにはオオモリ総建と書かれた看板が目立つ「フコク生命ビル」と「ローソン」の間の道からはいって
数十メートル行った左手にあります。このまま真っ直ぐ行くと、冷泉公園、川端商店街があります。このビルはここで博多の戦後を見守って来たんですね。店屋町あたりは空襲被害にあった地域ですから、建築当時はあたりで一番高い建物だったと思われます。屋上からの眺めは良かったでしょうね。
昭和24年建築ですから西暦だと1949年、安川が訪れたのは2016年ですから、もうすぐ70年ということになるんでしょうか。やっぱ鉄筋コンクリートは丈夫ですね、このまま100年以上、もっと長く現役で建っていてもらいたい。やはり古い街には相応に古い建物がないと、カッコつかないですから。
福岡市内で現存する最古の鉄筋コンクリート集合住宅「店屋町ビル」、見ごたえ十分でした。
「店屋町ビル」
住所:福岡市博多区店屋町2-20
ちなみに2番目に古い建物はコチラ↓
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