「石堂口門跡と濡れ衣塚」殿様が通った博多の出入り口と濡れ衣発祥の地

江戸時代の博多にあった東の出入り口跡と、濡れ衣という言葉の語源となった出来事の舞台に行ってきました。

「石堂口門跡と濡れ衣塚」博多の防衛を担う東の入り口門と濡れ衣の物語

場所は博多の東側、三笠川(旧石堂川)を渡った対岸にある千代3丁目交差点。ここには博多に入る東の入り口である石堂口がありました。石堂口は福岡藩の時代、参勤交代時の出発に使われるなど主要な入口として大きな木戸を備えた門があり番所が設置されていました。また門には敵の側面から攻撃できる横矢かけが施され、橋を渡った直後にある寺と合わせて東側から攻め寄せる敵軍に対する防衛ラインを構築していました。

「濡れ衣塚」濡れ衣という言葉の語源となった物語の舞台

石堂口1

博多の石堂口跡から東へ、三笠川にかかる石堂橋を渡った千代3丁目交差点。この近くに濡れ衣の語源となった「濡れ衣塚」があります。

濡れ衣という言葉が生まれた物語をザクッと紹介すると…聖武天皇の時代(8世紀頃)に、筑前の国司として佐野近世が妻と一人娘・春姫を連れて赴任してきた。妻が亡くなり、土地の娘と再婚。連れ子が後妻に疎まれ、釣り衣を盗まれたと罪を着せられる。父親が真意を確かめに子供のところに行くと、濡れた釣り衣を着て寝ている子供を発見!盗みが事実だと勘違いした父親が子供を殺害。その後子供が夢枕に立ち無実を訴えたため、自らの過ちに気づく。

というお話。

ここから罪を着せられた事を「濡れ衣」というようになったのだそうです。他にも諸説あるそうですが、博多に伝わるのはこんなお話。

石堂口2

塚に入ると、大きな梵字が刻まれた石板がありました。これが濡れ衣塚。

石堂口3

康永3年(1344年)と刻まれていることから、南北朝時代の頃の石板という事が分ります。

石堂口7

大きな凡事がかかれており最上段に大日如来(バン)、右下が法幢如来(アー)、左下が天鼓雷音如来(アク)を表す梵字が刻まれていて、元は聖福寺の西門付近にありました。

石堂口4

濡れ衣塚を見て後ろを振り返ると、石仏や石碑がずらっと並んでいます。濡れ衣塚がこの場所に移されたのが2001年の河川改修の時ということなので、道祖神などを集めて設置されたものと思われます。

石堂口5

かなり古そうな石碑もありますが、現地の説明が全くないうえにネットでも何も見つからず。濡れ衣塚と直接の関係は無さそうなんですけど、どうなんでしょう。

石堂口6

こっちは濡れ衣塚という言葉がハッキリ見えますね、恐らく観光案内板みたいな役割を果たしていたものと思われます。

石堂口8

ひと際目立っている十三仏の石仏群。十三仏は江戸時代から広まった考えで、冥界の審理に関わる仏。追善供養を司る仏でもあります。

石堂口9

濡れ衣塚から石堂口方向を撮影。手前にかかっている橋が石堂橋、川沿いにズラリと寺が縦に並んで配置されています。これは東方向からの敵から博多の街を、ひいては福岡城を守るための防衛線として機能させるため。寺は有事の際には軍事拠点として軍の屯所に使われます。黒田長政が福岡入りし、福岡城築城と並行して整備されたそうです。

石堂口10

濡れ衣塚から少し北上して千代3丁目の交差点。

石堂口11

江戸時代からこの場所に架かっている「石堂橋」です。この橋を渡ると博多の入り口、石堂口の門がありました。

「石堂口門跡」黒田の殿様も出入りした博多の玄関口

石堂口12

江戸時代もこの場所にあった石堂橋、昔の人々と同じ場所を歩いて博多へと入っていきます。江戸時代は渡り終えたところに大きな門があり、番所が置かれていました。

ウィキペディアに掲載されていた地図で見ると、博多の街と入り口の配置がよくわかります。

石堂口13

石堂口門があった場所に江戸時代から建っている一行寺。参勤交代の際にはこの寺の前で殿様を見送る行事が行われたそうです。

石堂口14

江戸時代に建てられたという一行時の本堂、古い建物が持つ重厚で圧倒的な存在感。見ごたえがあるお寺。

石堂口15

本堂の側面には窓などが一切なく漆喰で塗りこめられたようになっています。これは石堂口門を通過する大名行列の殿様を見下ろさないように、最初からこのように作られました。

石堂口16

一行事の向かい側には閻魔大王で有名な海元寺があります。

石堂口17

画像:古地図の中の福岡 宮崎 克則著より

石堂口門付近には一行寺と海元寺以外にも三笠川(旧石堂川)沿いにずらりと寺が並んでいて、川沿いの寺は現在も多くが当時の場所に残っています。

石堂橋の門は横矢かけという鉄砲や弓による十字射撃ができる構造になっていて、門を破って博多に入っても通りの両側が寺の壁になっているため軍を展開できず、細い列になって進むしかありません。そうなると寺の中に陣取る防御側の軍によって左右から挟撃される形となります。福岡城は博多の街までを含めた総構えの城であったという説があるそうですが、博多の街は北を海、東西を川、南に堀と四方を囲んだ城塞都市のようにしっかりと防御を考えて作られている事から、なるほどそうかもしれない…と納得できます。

石堂口18

ここにも博多の歴史的な出来事を紹介する電柱看板がありました。読んでみると、あの高杉晋作もこの橋を渡り石堂口を通ったそうです。濡れ衣塚は見ていったのかなぁ。博多にはこのような歴史を紹介する看板が百か所以上あるので、探してみるのも楽しいですよ。

ということで、何にも知らなければお寺がある普通の道、ですがちょっと下調べして歩いてみると同じ景色でも見え方が全く違うものになります。ただ目に入るもの、そこにある物を見るだけでなく、少し自分が行く場所を事前に調べてみると良いかもしれませんね。

当サイトでは街歩きを楽しくするような情報を集めて紹介していきたいと思っているので、こんな記事でも誰かの役に立てれば嬉しい…かなぁ。

「石堂口門跡と濡れ衣塚」
住所:福岡市博多区中呉服町9-23(一行寺)

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※この記事は私が訪れた時のものです、現状と異なる場合があります。

 

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